INTERVIEW 026
GRADUATE
平塚弥生
フードビジネスコンサルタント, 株式会社Coneru 代表/2020年修了
食というメディアで、人と人をつなぎ、コミュニティを生み出す
シェアキッチン、そしてそこで作られたものを販売する自動販売機を運営し、人や地域をつなげる「食」というメディアの可能性を追求する平塚さん。コロナ禍で黙食や孤食が増加する中、何を考え、どのように新たな「共食」の形を見出しているのか。IAMASでの担当教員でもあり、現在も交流されている金山智子教授が話を伺いました。
コロナ禍で、マルシェに代わる販売方法を模索
金山:去年の夏に設置した手作りお菓子やベーグルの自動販売機が大きな話題になっています。私の中では、平塚さんが修士で研究してきた「共食」というテーマと、この自販機がすぐには結びつかず、始めた時には少し驚いたのですが、そもそもなぜ自販機をやろうと思ったのですか。
平塚:私が代表を務める株式会社Coneruは、大垣市内で「ちょいみせキッチン」や「おくのキッチン」という二つのシェアキッチンを運営しています。シェアキッチンの利用者は、マルシェで販売するためのお菓子を作る方が多いのですが、コロナ禍が長く続いて、マルシェなどのイベントが軒並み中止になり、作ったものを売る場所がなくなってしまいました。結果として、キッチンも使われなくなってしまいました。
シェアキッチンを存続させるためには、売る場所を作る必要がある。インスタで紹介したり、ネットショップを作ったりと色々試みましたが、なかなか売れないんですよ。考えてみれば、マルシェで地元の人に向けて販売していたものなので、地元のものをネットショップで送料を払って買おうとは思わないんですよね。
金山:確かに、それはもっともですね。
平塚:他に非対面で販売する方法がないかと考える中で、自販機がいいのではないかと思いつきました。
金山:そこでよく自販機が出てきましたね。
平塚:無人販売も考えたのですが、自販機なら24時間いつでも買えるし、地元の人が好きな時にきてパッと買えるのがいいなと思ったんです。
金山:どこかでそういうものを見たことがあったとか、ヒントになるような事例があったのですか。
平塚:Coneruはシェアキッチンの運営の他に、食品の製造委託やコンサルタントも行っているのですが、その取引先に東京でコインランドリーを展開している会社があります。コインランドリーに併設されたカフェに食品自動販売機を置きたいという相談を受けて、ベーグルを卸させてもらっていたんですけど、緊急事態宣言が出ると売り上げが上がったんですよ。
不要不急の外出を控える中でも、洗濯には行く必要があるので、その時に買われるんでしょうね。洗濯に来るのが3日に1回だとして、パンの賞味期限がだいたい3日なので、ちょうどサイクルがあったのもあるのではと思いました。
それがヒントになって、ある一定の地域の人が来る場所に自販機を置けば買われるんじゃないかと考えました。それを東京ではなく、大垣という地方でやってみたいと単純に思ったんです。
金山:面白いところに気が付きましたね。でも東京は人が多いので量的に売れるというのはあると思いますが、同じことを大垣でやっても上手くいくとは考えにくいと思うんですけど。不安はなかったのですか。
平塚:大垣の、特に今設置しているところは高齢者が多くて、周りにコンビニやスーパーがあまりないエリアなんですね。例えば、孫が来た時に何かお菓子を買いたいと思っても、かなり遠くまで歩いていくか、自転車で行かなければならない。そういう買い物難民みたいな人がいるので、東京とはまた違う切り口で使う方がいると考えました。
金山:そこまで色々と考えてスタートしたんですね。平塚さんが自販機を始めてから、私も自販機に目がいくようになったのですが、色々なタイプの自販機がありますよね。その中で、こだわった部分はありますか。
平塚:自販機で販売するのは主にシェアキッチンでフードクリエーターさんが作ったものなので、写真やサンプルではなくて、商品そのものが見えて、欲しいと思ったそのものが手に取れるというところにはこだわりましたね。
あとは手書きのPOPにもこだわっています。店員さんがおすすめするように、作った方の情報や商品のおすすめポイント、食べ方などをお伝えしたいので。
金山:例えば売りたいものは真ん中に置いた方がいいとか、売るためのノウハウがあると思うのですが、それはやりながら研究したのですか。
平塚:そうですね。最初の頃は、毎日自販機の前に車を停めて、それこそ張り込みをしているみたいな感じで(笑)、ずっと行動観察をしていました。
金山:IAMASの行動観察の授業が活きましたね(笑)。
平塚:本当に、行動観察の授業は役に立っています。
金山:売れ行きや購入者の反応はどうでしたか。
平塚:予想以上に売れたという印象です。シェアキッチンの利用者のほとんどはインスタなどのSNSをやっているので、すごく人気のある方だと、「今日、自販機にこういう商品を入れます」と投稿すると、商品を入れる前から自販機の前で待っている方がいることもありますね。
会社のSNSやメールにわざわざ商品の感想を送ってくださる方もいて、自販機でそういう現象が起こるのは予想もしていなかったので驚いています。
金山:面白い現象ですね。自販機に小さなマルシェがいっぱい詰まっているというか、自販機でこんなおいしいものが買えるのかという感動があるのかもしれないですね。
食を媒体にコミュニティを生み出したい
金山:平塚さんはIAMASの「社会人短期在学コース」の第1号なんですよね。仕事を続けながら授業と研究をするのはハードだったと思うんですが、IAMASに行ってよかったと思うことはありますか。
平塚:考え方が変わりましたね。先ほどの自販機もそうなんですけど、背景とか社会的な問題を含めて論理的に考えられるようになったと思います。シェアキッチンを始める時もそうだったんですけど、IAMASに行く前は「自分が欲しいからやる」「やりたいからやる」みたいに、わりと野性の勘で突き進んでいくタイプでした。
金山:IAMASでの研究は「シェアキッチンから生まれる繋がりに関する研究─ちょいみせキッチンを事例として─」でした。卒業後にいろいろな場所で発表する機会があって、学外からの関心が高かったように感じています。
平塚:IAMASでは異色だったと思います。コロナを通じてみんなで一緒に食べられないことが社会的な問題となり、共食の大切さが注目された背景もあると思います。
金山:もちろんコロナの影響で共食というテーマに興味を持つ人が増えたこともあると思うのですが、平塚さんが研究を大事にしていて、大事にしているからこそ伝えたいと思うし、それをベースに次のことを考えようとしているように見えます。そのことを担当教員としてはとてもうれしく感じています。
平塚:金山先生が卒業するときにおっしゃられた「研究は育てていくものだ」という言葉が心に残っていて。研究を通じて、食がメディアである、人とのコミュニケーションを生むツールであるということが分かってきたので、それをもとに仕事や活動をしていきたいという気持ちは強いです。
金山:ただ研究の成果を実践しようと思っても、卒業する頃にはすでにコロナが蔓延していたので大変だったのではないですか。
平塚:みんなで一緒に食べて、コミュニティを作っていくことが全くできない状況でしたし、先ほども話した通り、シェアキッチンの運営自体もすごく大変でした。何かしなきゃと、緊急事態宣言で小学校が休校になったときには、共働き家庭の子どもたちを預かって、一緒におやつやご飯を作って食べて、お迎えを待つというようなこともしましたね。
金山:そういうシェアキッチンを継続するための対応をしながらも、オンラインで共食するという新しい試みにも取り組んでいました。
平塚:コロナ禍で集まって食事をすることが制限されて、孤食が進んでいく中で、何らかのストレスが生まれるなどの問題が起こってくるのは予想していました。それを乗り切る方法の一つとして、オンライン共食という実験をしました。
私の研究では、みんなで一緒に同じものを分けて食べるというのが大事だということは分かっていたので、それをオンラインでいかに実現するかがポイントでした。
そこで、同じ材料を送って、みんなで一斉に料理を始めて、作ったものを一緒に食べるということを試してみましたが、そうするとだいたい一緒のタイミングで香りが出てきたり、おおよそ同じものが出来上がるので、一緒に作って一緒に食べている感覚になる。一般的にオンラインでは伝えることが難しいとされる臭覚や味覚も共有できるので、新しい共食としての可能性を感じられました。
金山:その経験が「岐阜クリエーション工房」のワークショップにつながったということですか。あれはどのような取り組みだったのですか。
平塚:高校生と一緒にオンラインでベーグルを作って、一緒に共食をして、それによってどのようなコミュニケーションが生まれるのか。これからの食のあり方がどうなっていくべきなのかを体験を通して考えてもらうというワークショップです。
金山:実際に行ってどうでしたか。
平塚:参加者は男子高校生が多かったのですが、そもそも料理をしたことがない人がほとんどだったので、家族がすごく興味を持ったようで、画面の向こう側でお母さんが「半分ちょうだい」みたいな感じで分け合って食べているのが見えるんですね。しかもそれが一人や二人ではなくて、画面のいろいろなところで起こっているんです。オンラインで共食をしながらも、画面の向こうでリアルな共食が起こっている。これは面白い発見でしたね。
金山:そういう意味では、コロナで大変なことは多かったけれど、コロナにならなければ分からなかった食を介した人とのつながりや食の価値が見えたということですね。
平塚:リモート飲み会がブームになりましたが、オンラインでありながらも、人は一緒に食べようとするんだなと改めて感じましたし、制限されたことで、共食の大切さが強調された気がします。
金山:「共食」や「メディアとしての食」という観点で見たときに、食品の自動販売機はどのように機能していますか。
平塚:先日、おばあちゃん二人が自販機の前にいて、一緒に商品を選んでいたんですね。興味があったので声をかけたのですが、「これから二人で女子会するのよ」って言われたんです。それがすごくほほえましくて、自販機を置いてよかったなと思えた瞬間でした。
他にも、買った人が知らない別の人に「これおいしかったよ」と商品の説明をしているところも見かけたことがあります。自動販売機がコミュニケーションを生む一つの装置になっていると実感しています。
金山:おそらく置いてあるものが食だからこそ、会話が生まれるのかもしれませんね。
平塚:食でも、どこでも買える量販品ではそういうことは起こらないと思います。手作りっぽいものだからというのはあるかもしれないですね。
金山:そういった経験を踏まえ、今後やりたいことはありますか。
平塚:地元の人が作ったものを、地元の人が買う。その中でなんらかのコミュニティが生まれていく。シェアキッチンと連動した自販機のように、作る場所と売る場所をセットにして、コミュニティを生み出すような展開ができればいいなと考えています。
金山:IAMASにも自販機ぜひほしいです(笑)。ニーズは絶対にあると思うので。
取材: ちょいみせキッチン, おくのキッチン
編集?写真:山田智子